最盛期の延宝5年(1678)には125隻の丸子舟が
ここの港に有ったとか。
※湖岸では、須恵器(すえき)、土師器(はじき)、
輸入陶磁器(ゆにゅうとうじき)、国産陶磁器等の破片が大量に散布しており、
近くに大いに栄えた遺跡があることを窺うことができる。
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万葉集にも歌が残っています。
『味鎌の塩津を指して漕ぐ舟の名は
告りてしを逢わざらめやも』
※多くの船頭集の声が
響いたんでしょうね。
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水深は浅いんですがね。
※野積の石垣向こうに
賤ケ岳方面
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琵琶湖の一番北に当たる
この地。
※賤ケ岳方面
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塩津神社
新しい国旗掲揚台が
ありました。
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大正12年の
神社銘石柱
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古来、近くの池で
塩を作っていた人々が
塩土老翁神を祭ったとか。
江戸中期には伏見稲荷を勧請したとか。
※洗心
瓦が立派
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神輿庫
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琵琶湖向いて
堂々と~
※奉納銅馬も~
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屋根とは別に
拝殿には
雪除けが付いている。
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元禄7年(1694年)に
長浜の大工藤岡甚兵衛光守作とか
藤岡家は湖北で神社建築で
活躍したとか。。
※内部にも彫刻が~
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一間社流造も本殿。
ほんに彫刻が綺麗です。
板支輪は
波(雲?)
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拝殿も良いですがね。
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汐日組
氏子さんのグループですかね。
宮司さんに聞けばよかった。。
※少しパラリと雨が~
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いえね、力石のことをお伺いしたんですが~
この地区には風習が無いと…
有るとしたら相撲がこの上で取られていたとか。
※ではと…
銀杏の落ち葉で埋もれた石段を滑りながら…
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下の神社横に
※土俵が有ったと~
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此処の左側です。
※先は愛宕社?
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少し向こうに琵琶湖が…
※木立の眼下に社殿も…
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平成の御大典記念鳥居
※紅日組さん
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釜で沸かした湯で邪気を払う
「湯立神事」のためのかまど?
※雨で落葉した紅葉も
生き返る。。
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自然石使用した
灯篭~
※新しい狛犬
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下は明治元年の狛犬さん達なんですね。
※手水の瓦も良いです。
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旧船持中
※やはり明治期に向かって
文明開化で時代は動いたんでしょうか?
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江戸から明治~
吼えてます!
※ブロちゃん
気をつけ!
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昭和48年の灯篭~
コナレが少ないが
良い意匠~
※駐車場にも
石灯篭~
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昭和33年建立の
忠魂碑。
※太平洋戦争のものですね。
塩津浜遺族一同
お疲れ様でした
安らかに…
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