古/いにしえの面影       其の六百拾八

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

 撮影日  2009年12月12日 土曜日

滋賀県西浅井町塩津T

近江と呼ばれる琵琶湖は、古くから奈良・京都と密接な関係で
大陸から若狭に上がり山一つ越えて湖北から船を出せば
湖南までは一直線の歴史的、物資的の回廊であった。

塩津は古来より、敦賀と琵琶湖の水運を結ぶ
主要道「塩津街道(しおつかいどう)」の基点として栄えた。
特に、塩津湾に臨む塩津浜は「延喜式(えんぎしき)」にも
北陸との経由地として記されているほか、
海津(かいづ)、大浦(おおうら)と共に、湖北3浦としても有名。
近世に至るまで、北陸から京都大阪に向かう物資の多くは
陸路「塩津街道」を通り塩津に運ばれ、
ここから船に積みかえ、琵琶湖を渡り大津で陸揚げし、
そこから陸路、目的地に運ばれた。
交通手段の変化により、湖上交通は、
現在では全くその機能を失ってしまいましたが、塩津の街並や、
街道常夜灯に往時の繁栄を偲(しの)ぶことができる。
(滋賀県埋蔵文化財センター参照)

 

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)


さて、塩津の街中
ポタリと〜

※浜と平行に村中に向かって〜

土壁土蔵

※ん?大屋根が覗いています。

先へ〜

やはり
滋賀県ですね。
弁柄が目に付きだしました。

※やはりわざと
曲げているんですかね。

大きな庇の
土蔵〜

※浜から真直ぐに
北へ上がっていく道へ〜

濱御堂
浄光寺さん
慧燈大師(蓮如)さんの
足跡が…

※鐘楼も〜

桟瓦ですが…
大きな御堂

※旧街道〜
先は日本海へ…

鏡遊び〜^^
湖北サイクルロード
昔、琵琶湖一周した時には
無かったなぁ〜

※塩津街道
(塩津海道)
そうか〜先は。。。

振り返って突き当たりは琵琶湖…
先は京・奈良??
電柱に丸小船の看板

※白壁土蔵〜

塩津浜区掲示板
(私好きですねん)

※掲示板の在る風景〜

千本格子が綺麗です。

※現代の宮大工さん
材料置き場。。

小雨なので
子供たちの声は
聞こえませんでした。

※滋賀県調理師会の証

妻入り家屋の並ぶ
道筋〜

※トタン被せ
やはり弁柄色

道路の真ん中には
融雪施設

※朝礼台?
急傾斜の下に
地蔵様
多宝塔
集められて祀られてました。

奥にも深い
街造り

※敬意を表して
気を付け!

急傾斜地なんですね。

※いにしえの
旅人が見えますか?

元、宿屋さん
格子が綺麗!

※屋号:ひしやさん
商人相手の宿
明治期開業
部屋数7室、女中3人!
手書きの小さな案内札

緩やかに蛇行して
街道は続きます。

※モルタル張っても
昔の面影は残ります。

あいさつ運動〜
小雨の中、人は居ない。。

う〜ん絵になりますね。
広く緩やかな屋根

※屋号:沢屋さん
元は造り酒屋
後に宿屋
物資の問屋、宿屋も…

一齣一齣が絵になります。。

※雨が…

すみません〜
もう一つ!

※かどがとれ
丸くなれよと
さとす石

『無心』丸石は
多宝塔頭との事(高島先生感謝です)

ツルウメモドキが綺麗に…
お迎えの心意気!

此処も一齣一齣が絵になります。。



大名行列が無かったんですね。
二階部分の背が高い。
弁柄も綺麗!

※屋号:木又さん
天保〜万延年間にかけて
呉服屋、相撲取り、芝居役者等の
常連客相手の宿屋
その後、木材商。
記録が残されてるんですね。

横は番小屋?
立派な蔵ですね。

※屋号:吉平さん
慶応期に建てられた倉庫。

龍の飾り瓦が綺麗!

※銅ですね緑青が〜

シンガーミシンもコナレテ。。

※ヤンボーマーボー
天気予報が懐かしい。。

いつまで知った景色があるのやら。。
頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら〜
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